ハーレムに江戸前寿司がやってきた

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ニューヨークのハーレムというと、アポロシアター、ゴスペルにジャズというソウルフルなアメリカ文化の中心地。そのハーレムで、ワインショップを営み、2012年に日本食レストランをオープンした大津氏。美食家、ワイン専門家の同氏は、グラフィックデザイン、インテリアデザインという全く異なる分野から、飲食業界に飛び込んだ。好きだからこそ、情熱があるからこそ、経験がなくともやっていけるという思いからは始めたレストランがこのJado Sushiなのだ。

オープンからの2年間は、思った以上に大変だったと語る大津氏。レストランオペレーション全般、人材の確保は苦労の連続。それに加え、お客様が求める味と自分が提供したいと思うものに対するずれにも戸惑いを感じたという。自分が人気商品になりえると予想していなかった一品が、今ではお店のシグニチャーディッシュになるなど、新たな発見もあった。

そんな2年間が過ぎたころ、新しい寿司の板前を探していたところに、Jado Sushiにとっても、大津氏にとっても「まさか」の転機が訪れた。ニューヨークの江戸前寿司職人中嶋氏が、Jado Sushiのエグゼクティブシェフとしてチームに加わることになったのだ。

中嶋氏は、この道24年のベテラン寿司職人。東京神田の老舗やっこ寿司の三代目で、まさに江戸前寿司と共に育ってきた人物だ。1997年、弟子入りしていた銀座寿司田からニューヨーク店勤務を命じられニューヨークへ移住。彼の高度な江戸前寿司の腕は、瞬く間に現地の熱烈なファン層を築き上げ、数年で寿司田ニューヨーク店の店長となった。

大津氏も中嶋ファンの1人で、18年 前から中嶋氏のお寿司を食べてきた。2012年にJado Sushiをオープンする際も、中嶋氏に新たなビジネスについて相談にのってもらっていた。それから、2年が過ぎそのJado Sushiでお寿司を握ることになった中嶋氏は、その理由を一言「タイミング」だと言う。

大津氏がJado Sushiをオープンしたと同時期、中嶋氏も自分のお店をオープンすることを模索していた。いろいろな壁にもぶつかり、ニューヨークでレストランをオープンする大変さも体験していた。そこにパートナーとして店を盛り上げてくれる人を探していた大津氏とのタイミングが合ったのだと。

もちろん、タイミングだけが理由ではない。二人の食に対する、情熱、考え方が一致し、たった2回のミーティングで中嶋氏の参加が決まったという。「ハーレム」という、中嶋氏自身も考えていなかった場所が彼が輝ける新天地となったのだ。

中嶋氏の登場で、メニューにメスがはいる。人気の定番メニュー、既存メニューの修正、アップグレード、新メニューの追加。約7割が本格的な和食に変わっていく。食材には特にこだわり、中嶋氏が吟味した食材が次々に仕入れられている。高品質のネタを一番美味しくいただけるのがもちろん中嶋氏のおまかせメニュー。12席ある寿司バーのうち、おまかせで中嶋氏が握るのは8席のみ。予約サイトのオープンテーブルでの予約はテーブル席のみなので、寿司バーで中嶋氏のおまかせを食べたい場合は直接お店に電話をして、中嶋氏のおまかせを予約する必要がある。

ドリンクメニューは、ワインのプロ大津氏の選ぶお料理にあうワインやシャンパンがずらりと並ぶ。そこに中嶋氏のお寿司にあう日本酒のセレクションが加わる。今後ペアリングメニューや隠れ日本酒メニューも登場してくるとのこと。

変わっていくのはメニューだけではない。もともと、本格的なお寿司というよりは、アメリカ人も好む、美味しい創造的なお寿司を提供したいというコンセプトではあったが、中嶋氏が板長となった今、異なるコンセプトでお店が進んで行くことになった。それに伴い、今後お店の名前も含め、大きく変わっていくというJado Sushi。レストランが成長していく過程での変化は当たり前のこと。その変化を大津氏自身が一番喜び、楽しんでいる。インテリアのプロである大津氏の頭には、既に新しい内装のデザインスケッチが描かれているようだ。

古き良き時代と共に新しい息吹が感じられるハーレムは、今マンハッタンで注目のエリア。セレブリティーティーシェフの新しいレストランのオープンや、新しいマンションも次々に登場している。そして、そんなハーレムで本格的な江戸前寿司が食べられる時代がやってきたのだ。これからの地域の変化と共に、Jado Sushiの変化には目が離せない。


Jado Sushi
2118 Frederick Douglass Blvd,New York, NY 10026
Phone: 212-866-2118
http://www.jadosushi.com